理事長インタビュー (「月刊 セキュリティ研究」 214号 平成28年8月25日 掲載)

日本よ、国家としての「正中線」を持て!

photo:鈴木壮治一般財団法人 日本価値協創機構(JCSV) 理事長  鈴木 壮治

企業と社会の協働による社会的価値の創造

──まず、貴財団日本価値協創機構の理念、活動内容などをご紹介下さい。

環境庁長官、防衛庁長官を歴任され、現在、弊財団の愛知和男会長には、長年に渡って懇意にしていただき、ご指導を賜っていますが、3年程前、日本経済再生の話が出ました。  そして、経済再生のためには、企業の在り方にまで遡って考えるべきと、意見が一致しました。

もちろん、企業は収益を上げ、雇用を確保することにより、社会に貢献しています。 しかし、新自由主義経済思想による市場の競争原理、金融グローバリゼーションなどにより、富の偏在が生じ、それが社会を不安定にさせています。 企業の存続には、社会の安定が必要であり、企業は貨幣的利益のみを追求するのではなく、社会との協働により社会的価値を創造し、それを共有する経済システムの実現を目指すべきです。

 地域の企業、金融機関、専門家そして地方自治体がアィデア、情報を共有し、革新的な社会的価値を創り出すためには、オープン・イノベーション・プラットフォームを設け、それを機能させなくてはいけません。  そのプラットフォーマ―にならんとして、設立されたのが、日本価値協創機構です。

我々はアベノミクス応援団の一員を自負しています。その一環として、昨年の6月に、「アベノミクス第三の矢・成長戦略実現に向けて」をメインテーマにセミナーを主催しました。 基調講演は、甘利経済再生担当大臣(当時)にお願いし、パネルディスカッションには、甘利大臣に加え、山本幸三代議士(現在、地方創成担当大臣)、日本商工会議所の三村明夫会頭など、錚々たる論客に参加して頂きました。

議員立法を促進すべき

――――国会が頑張らないと、代議制が形骸化すると思いますが。代議制民主主義は機能しているのでしょうか。

代議制は一種の貴族主義であり、民主主義は民主独裁になりやすいことから、代議制、民主主義、自由経済の三つはなかなか上手く共存できません。 例えば、経済が自由奔放過ぎると、国民経済が劣化し、国民の経済的自由度は狭まります。

 フランス革命に多大な影響を与えたルソーは、英国の代議制を「国民が自由なのは、選挙期間中だけで、選挙が終わると、彼らは奴隷になる」と揶揄しました。 後でお話しさせていただく、再帰性的近代化により、代議制の自由民主主義は行き詰まっています。その活性化が緊急の課題です。

憲法第41条で「国会は、国会の最高機関であって、国の唯一の立法機関」とされていますが、それは憲法理念の三権分立に矛盾します。

米国は、戦前、官僚(陸海軍)が、天皇大権すなわち統帥大権、官制大権などを自家薬籠中のものにし、戦争に突っ走った事実を踏まえ、日本国憲法では、敢えて、三権分立と矛盾する条項を設け、国民主権を後押ししたとも考えらます。 政治への民意の反映が大事であり、国民の代表である議員に、行政を牛耳る政府と官僚に負けずに頑張ってもらい、真の民主主義、すなわち、「統治する人間と統治される人間が一致する」を実現してもらいたいと思います。

しかし、全ての議員が議案を発議できる国会法が改められ、衆議院では20名以上、参議院では10名以上の賛成がないと提案することができなくなりました。 さらに、予算を伴う場合は、それぞれ50名、20名以上の賛成が必要となり、ハードルが高くなっています。

実質的に予算編成権を握り、予算増加を嫌う財務官僚にとって、予算を伴う議員立法が困難になったことは慶賀の至りだのではないかと思います。  議員立法の成立件数は、内閣立法より少なく、国会議員があまり議員立法をしていないような印象を、国民に与えています。

立法において、国民の代表である国会議員が頑張ってくれないと、代議制が形骸化します。 そこで、我々は議員立法支援センターのようなものをつくろうと考えています。

例えば、国家緊急権を憲法に加えますと、緊急事態の場合、内閣は法律と同じ効力を持つ政令制定権などの権力を掌握することになります。 よって、緊急事態条項の取り決めは、内閣立法で行うべきではなく、議員立法で行うべきです。そして、緊急事態条項案を我々のような民間のシンクタンクが作成し、国会議員に提出し、議員立法を支援しようと思っています。

国民安全保障の強化

現代はリスク社会であり、人為的なリスク、例えば、グローバル金融危機、テロ、異常気象、環境汚染そして貧困などに多くの人々が晒されています。 よって、人間安全保障の国内版である国民安全保障の強化が望まれます。 人間安全保障は、国家安全保障と補完関係にあり、その二つが連携することにより、諸々のリスクから国民を守る総合安全保障体制が実現します。

──おっしゃる通りです。小誌は人間の安全保障から世界の安全保障まで、幅広くテーマにしています。

素晴らしいことだと思います。 国民も安全保障の視点で、日本の問題点を抉り出し、それへの対応を考えるべきです。  その志向性で、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)を考えるべきです。

TPPが担う自由貿易強化には賛同しますが、人々の健康を軽視するような企業の私益追求は許されないと思います。  金銭価値が支配する金融資本主義から脱却し共有経済、互酬経済を促進するモノそしてサービスの流れを担う新たなグローバルな取引ルールが望まれます。

専門家は、GMO(遺伝子組み換え作物)の安全性に疑問を呈しており、よって、GMOの情報開示が無いと、消費者は、食品、果物を自らの判断で購入できなくなります。 TPP発効により、直ぐにGMO表示が消えることはないと思いますが、発効後に企業の介入によって法律が変わり、GMO表示がなくなる可能性はあります。 よって、我々は、GMOの情報開示をしっかりと義務付ける法律案を作成、提案していきたいと考えます。

             

──グローバリゼーションという言葉を最近、よく耳にしますが、それはアメリカの世界戦略に乗って、アメリカの物差しに合わせるという形ですね。しかし本来は、日本の価値観を大事にしながら世界に広げていく考え方ではないでしょうか。

その通りです。その実現を目指して、我々の財団は「日本価値協創機構」と名乗っています。

──グローバリゼーション、即ちアメリカ的物差しによって、若い人たちにも、かなり弊害が出てきているようですね。

 

グローバリゼーションは、新自由主義経済そして市場原理と非常に親和性が強く、国民経済が、グローバル企業により、隅に追いやられます。  その結果、貧富の格差が激しくなり、日本の貧困率は、OECD(経済協力開発機構)加盟国の中で、アメリカに次ぐ高さです。  また、労働の変動費化が進み、若い世代において、正規雇用の割合が低下し、生活が不安定な若年労働者層が増えています。

──イギリスのEU(欧州連合)離脱も通底するところがあるように思います。

鋭いご指摘だと思います。イギリスは「ヒト、モノそしてカネの自由な移動」を理念とする超国家組織であるEUに入り、自らの国家主権の一部をEUに託しました。 その結果、国民経済がないがしろにされ、国民の生活が苦しくなり、また、若年層の失業率も高まり、その怒りの矛先が東欧などからの移民に向かってしまいました。

 

──アメリカの「トランプ現象」も根本は同じであるような気がします。

同じです。英国のEU離脱は偏狭なナショナリズムが生んだものと捉えるべきではないと思います。    英国でも、グローバリゼーションの恩恵に浴している少数の人々と、経済的に虐げられている多くの「周辺の人々」に国内は分裂し、その社会構造的な問題が、今回のEU離脱の背景にあります。 米国もそのような構造的な問題を抱え、それが、トランプが共和党大統領候補になった主因だと考えます。

英国、米国に限らず、日本を含む多くの国々も同じ問題を抱えています。 この構造的な問題をどのように解消していくのか、日本政府に課された責任は重いと考えます。

──世界は難しい時代に入りましたね。冷戦が終わって、世界が一つになっていくかもしれないという幻想を抱きましたが、民族と宗教の問題が出てきて、混沌としてきました。  貴財団に日本の方向性、国の在り方をつくり上げていただけば、各国がそれをお手本として世界全体が親和していく、21世紀の新しい世界像に繋がっていくと思います。

戦前、それを日本に期待した知識人がいました。 イギリスの作家で文明批評家のH.G.ウエルズは、1933年に出版した「世界はこうなる」で、21世紀半ばには、日本が主導し、世界が統一されると書き記しました。多元的で多様性を受容し、その中で安定性を醸し出す懐の深い日本に、100年後の世界を託したかったのでしょう。

──日本は期待にあまり答えていないようですが。

ポスト工業化の流れの中、人々の選択と行動における自由度が高まりました。 しかし、満ち溢れた自由と頻繁に行き交う情報は、かえって、人々の主体性を揺るがし、揺らぐ主体間での「つくりつくられる」という再帰性が強まっています。  

その結果、諸々の利害でつながる組織も考えを纏めきれず、従来の利権団体と議員の関係も不安定になり、代議制の形骸化に繋がっています。 また、自らの主体性、アイデンティティを築けず、不安定な状態にある人々の心は脆弱になり、つけ込まれるリスクが高まります。

現代フランスの哲学者であるフーコーは生政治学(バイオポリティクス)という言葉を使い、諸々の権力が、個人の内面まで食い込んでくることを知らしめました。 例えば、GoogleやFacebookなどのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)のインフラを持つ企業は、私益による意図を人の心まで入り込ませ、グローバル社会の秩序を捻じ曲げる程の生政治力を持っています。 また国家もその力を利用しています。 国民は、しっかりしないと、大きな力にいいように操られます。

──国民安全保障の視点からも憲法改正が必要ですね。

国民安全保障の前に、国家安全保障があります。主権者は国家、国民を守るものです。よって、我々、国民は主権者として自らを守る存在です。 国家主権である交戦権を放擲している現在の状況では、主権国家でなく、自らを自らで守るという安全保障の論理は日本では機能していません。 よって、憲法第9条を改正し、国家主権と取り戻し、米国と対等な立場で安全保障条約を締結すべきです。

──天下国家について、たいへんレベルの高い、本当に良いお話です。貴財団の活動は、先見性にも満ちており、たいへん大事なことだと思います。

我々のようなシンクタンクが、市民が政治、経済を自由闊達に議論できる場を積極的にアレンジするべきです。 また、国民の自律を促すための教育や啓蒙活動をしていかなければなりません。そのためにも、情報を分析、整理し、国民に分かり安く伝える機能を充実していきたいと考えます。

──本当に大事な、レベルの高い活動ですね。少し、鈴木理事長ご自身についてお伺いします。静岡県浜松市のご出身ですね。お生まれは何年ですか。

昭和26年(1951)です。

──どのようなご経歴をお持ちの方ですか。

一橋大学を卒業して、三井物産株式会社に就職しました。化学プラント部に配属され、プロジェクトファイナンスなど、金融面からのプラントプロジェクトに取り組みました。  ファイナンスを勉強するために、一念発起し、会社を休職して、アメリカのウォートン・スクールに留学。ファイナンスを勉強し、MBA(経営学修士)を取得して、復職しました。  その後、米銀のシティバンクに移り、東京支店で、コモデティ・デリバティブとヘッジファンドを担当し、さらに、チェース・マンハッタン銀行に移り、責任者として、同様の業務に邁進しました。

──石原慎太郎元都知事とは長いお付き合いと聞きましたが。

石原慎太郎さんは大学の先輩で、私が2年生の時、学生寮に、一生樽を持って、話しに来られた時が最初の出会いです。  石原さんが66歳のとき、都知事に当選されましたが、私は石原さんが立ち上げた一橋総研のメンバーとして、選挙時そして都知事時代にもいろいろな提案をしました。 その間、東京都参与や東京都投資評価委員会会長などを務めさせて頂きました。

──一ご趣味はなんですか。

学生時代から続けている空手です。

──流派はどちらですか。

松濤館流です。

──空手、武道が今のお考えに影響を与えているということは、ありますか。

あります。空手は自分の身を自分で守る武道です。  また、武道は正中線(身体の軸の線)が大事で、正中線がしっかりしていると、全体のバランスが整い、迅速な動きを生み出します。  私は、我が国に正中線はあるかと問いたい。

──上手い喩えですね。

日本、日本人を守る安全保障戦略は実行してこそ、真の戦略です。そのためには、国家としての最大瞬発力が必要です。 空手の突き、蹴りは身体の最大瞬発力がうみだすものです。そして、その直前に身体の最大弛緩が要ります。 屹立する体軸、すなわち正中線がしっかりと大地を垂直に貫くように整うことで、筋肉そして関節に力をいれる必要が無くなり、身体の弛緩は最大になります。 そして、国家にとっての正中線は「自らを自らで守る」という国家意思です。

──よくわかります。国の舵取りも同じですね。

本日は、日頃思っていることを話す貴重な機会を与えて頂き、感謝申し上げます。

雑誌「月刊 セキュリティ研究」(平成28年8月25日 214号掲載)

一橋総研 オピニオン一覧

    2016年6月27日日本、米国、インドのトライアングルで太平洋の平和と安定の構築を!(雑誌「財界」 平成28年6月7日号掲載)
    2016年6月29日憲法の変遷理論と九条の無効確認決議について
    2016年7月 5日グローバリズムが生むナショナリズム
    2016年7月22日遺伝子組み換え食品・農薬―人間・生態系・環境への脅威