一橋総研・オピニオン

遺伝子組み換え食品・農薬―人間・生態系・環境への脅威

仲野 凛

I. 遺伝子組み換え食品(Genetically Modified Organism)

1. 「遺伝子組み換え」の定義 − 遺伝子操作
  • 品種改良と違って、人為的に複数の生物の遺伝子を合体させて全く新しい生物を創造する(クモの遺伝子をヤギにとか、魚の遺伝子をトマトにとか、バクテリアの遺伝子を大豆になど)、つまり自然界で起こらない遺伝子操作を強制的に行うもの。例えば、ブタにクラゲの遺伝子を組み込むと、鼻とヒズメがクラゲのように光るブタが出来る。
この遺伝子操作を日本では遺伝子組み換えと呼んでいる為、遺伝子組み換え問題の訴えに対して、自然でも起きている遺伝子組み換えを否定するのか、という混乱が起きることがある。しかし、遺伝子が親から子へと受け継がれる縦の遺伝子の継承と変容と、遺伝子組み換え企業が行なう異なる生物間の遺伝子操作とは明らかに異なるものであり、前者からは発生し得ない予想不可能な大きな問題が起きる可能性が指摘されている。
2. 健康への悪影響

  • 遺伝子組み換え企業やその影響を受けた政府機関は、GMOは健康に害を与えず安全だと宣伝。 しかし、その安全という根拠は、遺伝子組み換え企業自身が行った実験データであり、90日間のみの実験で、データの詳細は一般には公開されていない。根底的な疑問が残る。
  • 遺伝子組み換え作物の危険を指摘する研究発表は多数。一方で、危険性を指摘した学者が発表後、解雇されるなどのケースが世界で相次いでいる。中立かつ長期的な研究は尊重されるべき。想起するのは水俣病で、チッソが垂れ流す水銀が水俣病の原因であると指摘されたにも関わらず、必然性が証明されないとして見過ごされ、多くの健康被害と環境汚染を招いた。
  • 有機リン系の除草剤は有機リン系の殺虫剤(人体への神経毒性あり)と構造が類似しており、子供たちの脳への影響を心配する報告もある。また、アレルギー疾患増大の可能性や大豆中のホルモン撹乱作用、免疫力低下などの可能性を示唆する報告もある。
  • 遺伝子組み換え食品の出現と共に癌、白血病、アレルギー、自閉症などの慢性疾患が急増した米国のケースは下記の通り。
  • 間接リスクとして、使用量増加によるラウンドアップなどの除草剤の人体残留の増加がある。
photo:遺伝子
3. 自然環境を破壊する

  • 農薬の噴霧とBt毒素(殺虫毒素をもつバクテリアの遺伝子を組み込んだ殺虫性作物)による環境汚染
  • 遺伝子汚染
      ・ 遺伝子組換え作物の自然界での自生と、他の植物との交配。米国では、遺伝子組換えダイズの交配による汚染は深刻な問題。日本でも、輸入港付近で遺伝子組換え作物の自生が報告されている。また、ナタネ科の白菜などは自然交配の危険にさらされている。これらの遺伝子組換え作物を、隔離し、コントロールすることは不可能。
  • 化石燃料の大量投入による気候変動促進
      ・ 遺伝子組み換え農業は、化石燃料を大量に大地に撒く農業であり、気候変動を激化
      ・ バイオ燃料を生産する為に使われるGMOサトウキビやGMO大豆の生産には、大量の化学肥料や農薬の使用が前提。化学肥料を作るには大量の天然ガスが、農薬には石油が必要。
      ・ GMOの生産によって大量の気候変動効果ガスが放出され、洪水、干ばつ、暴風雨などによる気候変動が激化する可能性が強まる。化学肥料や農薬を使わないエコな農業生産では、遥かに高いエネルギー効率を得ることが可能で、気候変動の抑止効果が期待できる。
  • 工場式畜産による気候変動促進
      ・ 安価な肉を生産するファクトリー・ファーミング(工場式畜産)から放出される気候変動効果ガスは、飛行機、自動車、鉄道を全て合わせたよりも多いと言われる。(ファクトリー・ファーミングでは豚、鶏、牛を工場のように狭い空間に追い込み、GMOトウモロコシやGMO大豆を飼料として食べさせる。特に牛の飼育は大量のメタンガスを発生させる。)
4. 民主主義と共存できない(社会を壊す)

  • 遺伝子組み換え産業の存立が情報操作( GMOに批判的な研究者を解雇させるなど)と不可分
  • 遺伝子組み換えは農業生産の独占と支配を生み、民主的な社会の維持が出来なくなる。
  • 世界中で作付けされている遺伝子組換えダイズの種子はモンサント社からしか購入できず、自家栽培(自分で種子をとること)は特許権の侵害になる。
5. 日本での状況(遺伝子組み換え食品の輸入が始まってから20年)

  • 遺伝子組み換え食品表示義務: 商業栽培を始めた1996年から懸念が高まり、消費者運動の力で実現。しかし、実態は消費者が要求した表示制度とは程遠い。より厳格な表示制度が必要。
      1 日本の遺伝子組み換え食品表示の問題点
    1. 「遺伝子組み換え」食品の表示: 8種類の農産物(大豆、とうもろこし、馬鈴薯、菜種、綿実、アルファルファ、テンサイ、パパイヤ)とこれを原材料とする33種類の加工食品のみ
    2. 「遺伝子組み換えでない」食品の表示: 上記8種類以外の農作物に関し表示を禁止
    3. 大半の食品は表示義務の対象外: 醤油、食用油、コーンフレーク、異性化液糖、砂糖などの多くが遺伝子組み換えを含むが、消費者の知る権利は尊重されていない。
    4. 家畜(豚肉、牛肉、鶏肉など)の飼料は表示義務の対象外
    5. 高いGMO混入率(重量で5%未満)でさえ、「遺伝子組換えでない」の表示を認めている
      2 遺伝子組み換え食品表示の国際比較
    photo:遺伝子
      3 遺伝子組み換えの消費量: 日本は世界最大級のGMO輸入大国で、世界最大級のGMO消費国。
    photo:遺伝子

  • 米国へのGMO依存度は極限的で、年々低下する自給率にみる「食の安全保障」は危機的。
  • 日本政府は毎年、多数の遺伝子組み換え作物の食用、飼料用などを承認しており、耕作にも既に98種を承認している(2014年1月27日現在)。その中には他の国では禁止されているものがあり、米国や南米で大反対されている枯れ葉剤耐性の遺伝子組み換えなども含まれている。
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6. GMOの開発企業 − 米国モンサント社の独占状態

  •  世界の種子企業・販売高トップ5 (100万ドル、2009年、出典ETCグループ) photo:遺伝子
      ・ 近年、2倍の速度で成長するGMO鮭が登場。GMOのリンゴ、桃、サクランボ、梨、オレンジ、バナナ、パイナップルなども現在開発中。大半を、モンサント社とビル・ゲイツ財団が支援。
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      7.GMO対策

      • 遺伝子組み換え食品を食べない:
        日本の遺伝子組み換え食品表示は十分なものではない。しかし、遺伝子組み換えを使わないことを宣言している生産者からの直接購入、生協や共同購入というオプションがある。
      • 予防原則の見地に立った食料・農業政策をしっかりと打ち立てる:
          ・ カナダにおけるナタネやアルゼンチンの大豆のように、既にほぼ全てが遺伝子組み換えになってしまう地域が出てきている。深刻な不可逆的な事態が引き起こされることが予想されうる時、それを避ける必要があること=予防原則の必要性が国際的にもうたわれています。
          ・ マスコミがGMO問題にほぼ沈黙を守っている日本の中で、予防原則に基づく政治を確立することはそう容易ではない。1つ有効な方法は自治体で遺伝子組み換えを排除する政策を確立すること。自治体は中央政府に対して、生活に密着した存在。その分、生産者や消費者の声が直接反映できる可能性も高く、中央政府に比べれば多国籍企業の影響力も低くなる。
          ・ GMOフリーゾーン(遺伝子組み換え作物を拒否する地域)運動
          スローフード発祥の地として有名なイタリア・トスカーナ地方のワイン農家によって1999年に始まった。その後、2002年に環境団体「地球の友」がイギリスでキャンペーンを立ち上げたのをきっかけに欧州だけでなく、北米、アジア、オセアニア地域にも拡大し、今や世界中にGMOフリーゾーンが誕生している。イタリアで全土の約8割、フランスで1000を超える自治体、オーストリアやポーランドで全州政府がGMOフリーゾーン宣言を行った。

          日本のGMOフリーゾーン運動: 本格的にスタートしたのは2005年。農薬空中散布に反対し、環境に配慮したコメ作りを行っていた滋賀県高島市の農家が同年1月、圃場に畳3畳大の看板を立て、GMOフリーゾーン宣言したのが始まり。
      • 安全審査に係る法律の確立
      • 市民運動によるGM食品表示制度の確率
          ・ 2016年7月1日から米国で初めてバーモント州にてGM食品表示制度がスタート。2012年から全米で続いてきたGM食品表示を求める市民運動が初めて成果を上げる。キャンベル・スープ、ハーシー、マーズ、ケロッグ、コナグラフーズ、ロイズ、ゼネラルミルズなどが相次いで、米国内で販売される全ての製品に、GM食品表示を行うことを発表した。世界ではGM食品表示の厳密化が進んでおり。日本の制度の欠陥がひときわ目立つ。

      II. 農薬

      1. SAICM (国連でまとめられた「国際的な化学物質管理のための戦略的アプローチ」)の世界行動計画

      • 「最も有害性の低い農薬の調達を優先させ、過剰または不適切な化学物質(農薬)の使用を避ける為の適切な手法を用いるべき」
      • 「害虫管理について効果的で化学物質を使用しない代替方法と同様に、よりリスクの低い農薬の開発と使用及び、有害性の高い農薬の代替を推進すべき」
      2.日本の法規制

      • 農薬使用量の削減は明記されておらず、その数値目標もない。
      • 耕地面積当たりの農薬の使用量は世界トップレベルを維持している。
      3.日本人の化学物質暴露量(2011〜2014年に環境省が実施したモニタリング調査の結果)

      • 有機塩素系、有機リン系、ピレスロイド系、ネオニコチノイド系など様々な農薬やその代謝物が血液や尿から検出された。
      4. 最近多用されているネオニコチノイド(1990年頃開発された殺虫剤の一種。ニコチンに類似)の特徴

      • 浸透性:根から吸収され、茎/葉/花/花粉/蜜/果実などに行き渡り、内部から殺虫効果を持ち続ける。
      • 残効性:植物内部に浸透し、洗っても落とすことは出来ない。
      • 神経毒性:手足の震え、不整脈、短期記憶障害、頭痛、嘔吐、心の凶暴化、発達障害児の増加、脳や神経の発達への悪影響など、様々な症状を引き起こす。
      5.世界的にも極めて緩い日本の残留基準値

      • 2010年に改正されたが、未だに米国と比べると1.7〜25倍、EUと比べると3〜300倍も高く、本質的な改正になっていない。日本の農薬使用量が欧米より格段に多いのが原因の一つ。
      • 昨年からの大幅な規制緩和の傾向により、問題は更に深刻化。例えば、ジノテフランの場合、ほうれん草5ppmから15ppmへ、春菊5ppmから20ppmへと緩和。クロチアニジンは、ほうれん草3ppmから40ppmへ13倍、カブ2000倍、春菊50倍、小松菜10倍、三つ葉1000倍へと緩和。
      6.不充分な毒性試験

      • 有機リン系やネオニコチノイド系農薬には発達神経毒性のあるものが少なからず存在する。 近年、子供達の間で注意欠如多動性障害や自閉症スペクトラム障害などの発達障害が増加。その原因の一つとして、農薬の暴露による影響が懸念されている。
      • 上述にも関わらず、農薬取締法で農薬の登録申請に必要とされる毒性試験では、発達神経毒性試験は必須とされていない。免疫毒性・内分泌かく乱作用などの試験も義務化されていない。
      7.不十分な環境への影響の評価

      • 家畜(ミツバチを含む)や水産物植物への毒性試験は、亜急性試験までしか求められない。
      • 蝶やトンボなどの昆虫や鳥などの陸生生物への影響は、全く考慮されていない。
      • 農薬が生物の体内で分解されて出来る代謝物の毒性評価も、不充分。
      • 複数の農薬の同時使用による複合作用も、全く評価されていない。(殺菌剤とネオニコチノイド系農薬に同時に暴露した場合、蜜蜂への毒性(半数致死量)が244倍又は1141倍も強くなる実験データあり。)
      8.予防原則に基づき農薬使用を一時制限する制度の欠如

      • EUおよび米国の制度: 予防原則に基づき農薬の使用法(適用)を一時的に制限する。
      • 日本の制度: 予防的原則に基づいた使用制限を実施する制度がない。逆に、使用法の拡大は農薬メーカーから次々と申請され、それに伴って残留基準の緩和が進められている。
      photo:遺伝子 photo:遺伝子

      参考資料:

       
    • 「ヨハネスブルクサミット(WSSD)2020年目標達成のための日本の化学物質管理制度に関する提言」 <2016年3月>
    • 「新農薬ネオニコチノイドが脅かすミツバチ・生態系・人間」 <2012年11月>
    • 「知らずに食べてる遺伝子組み換え食品」 <2016年7月>
    • 等々 
    • 一橋総研 オピニオン一覧